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スペイン人の征服後、傀儡皇帝として、トゥパック・ワルパ、マンコ・インカ、パウリュ・トゥパック・ユパンキ、カルロス・インカがいるほか、ビルカバンバに立て籠もったマンコ・インカ、サイリ・トゥパック、ティトゥ・クシ、トゥパック・アマルがいる。主に最後のインカを指すのは、マンコ・インカ、サイリ・トゥパック、ティトゥ・クシ、トゥパック・アマル。
君主制国家で、近親結婚によって生まれた一族による世襲政治である。これは彼らの宗教観から、広く交雑する事で、「皇族」の血筋が汚されると考えたためである。「サパ・インカ(皇帝)」は太陽神インティの化身としても考えられ、当時の官僚は、同時に神官でもあった。
貨幣は用いられておらず、物々交換によって経済活動を行なっていた。税金の代わりに、農産物などを国に献上していた。
鉱山労働や道路の建設などの労役が若干あった。この労役制度はミタ制と呼ばれる。この労役の成果の一つとして、チャスキと呼ばれる飛脚による通信網を確立させていた。この通信網を使って広大な領土を中央集権により統治していた。なお、この通信網の名残として、チャスキという言葉はアンデスのいくつかの場所の地名としていまも残っている。日本で言うところの「宿」のようなものである。
「知識は庶民のためのものではない」という考えのもと、いわゆる文化活動は貴族階級だけに許された行為であった。一般庶民はそれぞれの役務に必要なことだけを教えられ、それ以上を知ろうとすることは禁止されていた。
アンデス高原地帯を中心とする範囲に栄え、ジャガイモやトウモロコシを主な作物とする農耕とリャマ、アルパカによる牧畜が行われていた。また、“クイッ、クイッ”と鳴くことから「クイ」と呼ばれたテンジクネズミも食用として広く民衆によって飼育されていた。広漠とした平野は極めて降雨量が少なく、農耕に適さないために、そこに住む者も稀であったが、高原地帯は海から吹き上げる風によって雲が出来、霧雨が降るため、湿潤な環境となり、農耕に適した。このような気候条件から、今日でも驚異的な高山都市を形成するに至った。